0番線と夜明け前の新曲「人が死ぬ映画」を聴いた。MVも観た。面白い構造だったので、自分なりに整理してみる。
本記事では、まず歌詞とMVの内容を簡単にまとめた上で、そこから導き出せる「死との距離感」と「死の三軸座標」という二つの分析フレームワークを提示する。最後に、「ちいかわ」との対応関係を考察する。なお、本記事で言及するメンバー名(マユミ、マリノ、ゆりな)は、すべてMV内の登場人物を指す。
https://youtu.be/kH458AzkSm4?si=xinPCBGyr531nFgm
https://open.spotify.com/track/6nA47EyFjvL4mPkUDTqNQL?si=ca66e12d958f43ab
歌詞は「人が死ぬ映画ばかり観ている」というフレーズを繰り返しながら、語り手の心理状態が変化していく構造を持つ。
前半は麻痺の過程を描く。「これで何人目だろ」「少しずつ感じなくなっていく」。中盤で「加害者と被害者の境界線——どちらにもなりたくないなと思う」という問いが提示される。後半で「夕映に振り向くあなたの笑顔」「あなたには生きて欲しいと願う」と具体的な他者が現れるが、「それさえも綺麗事に思えて」と自己懐疑が続く。
結末はひらがなで「ひとがしぬ。ひとがしぬ。ひとがしぬ。わたしたち、いきている。」と締めくくられる。
MVでは、三人のメンバー(夜乃マユミ、マリノ、ゆりな)が映画館で映画を観ている。スクリーンに映るのは彼女たち自身の物語と死だ。
三人の死に方は以下の通り:
「夕映に振り向くあなたの笑顔」の後、時間が巻き戻り、三人は別の人生を歩む映像が流れる。マユミは恋人と穏やかに過ごし、マリノは外出して健康的に暮らし、ゆりなは友人と直接会う。
しかし最後、「わたしたち、いきている」の言葉とともにカメラが映画館の三人を正面から捉えると、彼女たちは既に死んでおり、体には血痕と傷跡が残っている。